#c80
目がテンで幼稚園児で実験してたけど
「お菓子くばりますよー」って言って並ばせると
幼稚園児は最初きちんと並ぶんだ
次に「お菓子配りますよー」って言って
お菓子が全員に足りないようにする
するとその次の日から幼稚園児は列つくらないで
我先にと群がるようになる
結婚を前提とした彼女を家に連れてきて両親に挨拶したあと、一家のお墓で今はなき祖父母に二人で報告のお墓参りをして、そのとき彼女に向かって「一緒のお墓に入ろうな」というプロポーズのつもりで「ここがお前の墓場だ」と言い放った故郷の知人が来年結婚するそうです。
風俗店のティッシュ配ってた兄ちゃんが、手を差し出して来た小学生に「はーいちょっと待ってねー」ってチラシを抜いたティッシュを渡しててるのを見て気分が良くなりました。
小学生「段ボールは何から作られるんですか?」段ボール工場の従業員「段ボールです」小学生「えっ?」段ボール工場の従業員「ほとんどリサイクルしてるので段ボールは段ボールから作っています」
248: 名無しさん@涙目です。(dion軍):2011/12/05(月) 20:26:19.24 ID:qz3iMu8I0
私が日本に抱いていたイメージは、武士道、サムライ、強さ、礼儀、
そして無敵の男が持つ一分の隙もない精神力、そんなものばかりだった。
ところが日本に来た私は失望した。
確かに深い尊敬の心を感じたが、それは強さや精神力ではなく、
むしろ弱さから生まれるものだったからだ。尊敬の心が感じられても、
それは他人の人生を邪魔したくないと怖がっているからだったり、
他人の意見を聞きたくないからだったりする。
もう少し自分を出し、エネルギーを出しきって生きれば、
どんなに幸せになれるだろうかと思う。
ヒクソン・グレイシー
新宿東口にゲバラのTシャツ着た男がいたんだけど、ツレのギャルがゲバラを知らなかったらしく、男が「ウッソお前ゲバラ知らねえの!?Tシャツ界で超有名な人だぜ!?」って説明してて、なかなか斬新な紹介の仕方だなと思った
ふと人材業界に勤めていたときのことを思い出したので。
明日からでも取り組めることなので就活生とかの参考になれば。
【結論】
語尾に「思います」を付けない。
たとえば「読書が好き」という。
すると「年間何冊読んでるの?」と聞かれる。
「読むの遅いから月3冊で…まあ40冊いかないくらいかなあ」と答える。
次に来るのは「えっ、そんな少ないのに読書好きって言えるの?」
以下
「好きな作家は?」
「えーと、伊坂幸太郎とか、村上春樹かなあ」
「えっ、そんなメジャーなのしか読んでないのに読書好きって言えるの!」
「じゃあさ、伊坂幸太郎の経歴でさ、こうこうこういうのあるじゃない?あと交友関係が〜で…」
「あ、ごめん、作者のことはよくわからない。既刊は全部読んでるけど…」
「えっ、作者の周辺情報も知らないで読書好きって言えるの!」
自分は「読書が好き」としか言ってない。
本を読むのが好き。
でも「そんなので読書が好きって言えるの?」っていうのは、どういうことなんだろう。
好きというのに資格がいるんだろうか。
読書にかぎらず、漫画でも、アニメでも、ゲームでも。詳しくないと好きと言っちゃいけないんだろうか。
美術館と博物館という言葉は、英語ではどちらもmuseumになってしまう。
しかしこれを別々の概念に分けた明治時代の日本人は本当に慧眼だと思う。
沢山の美術館と博物館を見て回っているうちに、気づいた。
実は美術館と博物館は、収蔵品にそう差があるわけではない。
たとえば大英博物館にもルーブル美術館にも、ローマ時代の石像があるし、絵画や剣がある。
そして大英博物館はThe British Museumであり、ルーブル美術館はmusee du louvreと、「博」と「美」の違いはない。
けれども、「博物館」にあるものと「美術館」にあるもので、決定的に違うことがある。
それは「美」だ。
博物館は珍しいものを広く沢山集めた場所だ。
そして美術館とは、美しいものを集めた場所なのである。
明治時代の日本人は、いつか同胞の子孫が海外に知見を広めにいくとき、美しいものと珍しいものを分けて考えることが出来るように、こうした名前をつけてくれた。これは日本語を使う人々だけが享受することのできる特権である。
今までと同じ考えや行動を繰り返して
異なる結果を期待するのは狂気である
日本政府は1945年の春頃からソ連を仲介とした終戦工作を始めます。
(ソ連とは日ソ中立条約を締結していたからです。)
しかし、ソ連は逆に対日参戦を画策していました。
さかのぼる事、1945年2月に
ルーズベルト(米)、チャーチル(英)、スターリン(ソ連)によるヤルタ会談が
行われ、ソ連は対日参戦し南樺太と千島列島を占領をする事が密約として交わさました。
当然、ソ連は日本の終戦工作など、元から受けるはずも無かったのです。
ソ連の参戦は、日本政府に降伏を迫る事を意味します。
だから、米英はヤルタ会談でソ連の参戦を促したのです。
おっと、ここでお気づきの人もいらっっしゃることでしょう!?
そうです。
アメリカは
「原爆を使わなくても早期に日本は降伏する」という人達と
「原爆を日本に落とすまでは、日本に克服をさせるな」という人達が居たのです。
歴史が辿ったのは、残念ながら後者です。
アメリカはソ連に対日参戦を促しておきながら、ソ連の参戦=日本の降伏に繋がることから、ソ連の参戦より早く、原爆を日本に投下する準備を始めます。
7月16日
アメリカはニューメキシコ州で初の原爆実験に成功します。
7月17日ポツダム会談
トルーマンはスターリンからソ連の対日参戦は8月15日前後という事を聞き出します。
そして、原爆の完成がトルーマンの耳に入ります。
7月24日
トルーマンは8月10日(ソ連参戦)までに原爆を投下するように指示します。
7月25日
トルーマンは日本への原爆投下命令を出します。
7月26日
「ポツダム宣言」を発表(日本への降伏条件を提示する)
*7月24日の時点で、日本がポツダム宣言を受諾するしないに関わらず、原爆投下は決定されていたのです。
しかもこの「ポツダム宣言」には、3つの細工がしてありました。
1つ目は、「天皇の地位の保持」をあえて明記しなかった事です。
日本の降伏条件はただひとつ「国体の護持」です。
これは、当時の日本では当たり前の感覚でした。
知日派の元駐日大使ジョセフ・ グルーは
「日本人が一番大切にしているのは天皇である。『無条件降伏』要求では日本人は最後の一人まで戦うだろう。天皇の地位さえ保障すれば、日本は必ず降伏を受け入れる」と米政府に進言します。
そしてポツダム宣言の草案には
この 「天皇の地位の保持」が明記されていました(12条)
しかし、トルーマンは日本を降伏させない為に
この「天皇の地位の保持」を削除してしまいます。
2つ目は、共同署名国から「ソ連」を削除した事です。
日本がソ連へ終戦の仲介を期待させ続ける為でありました。
3つ目は、宣言をホワイトハウス、国務省からではなく
宣伝機関の戦時情報局から発表させた事です。
トルーマンは、わざわざ公式の外交文書でなく宣伝文書の様な形で発表したのは
日本政府に黙殺させやすくする為でした。
8月6日
広島にウラン型原子爆弾を投下
8月8日
ソ連が15日前後としていた対日参戦を慌てて開始
8月9日
長崎にプルトニウム型原子爆弾投下
8月12日
「天皇の地位を保障する」とアメリカからの回答
(草案に戻しただけ)
トルーマンは原爆投下の報告会見で
「今までに一番嬉しいことだ」と発言した。
約20万人以上もの死者を出す、
史上最悪の一般人に対する無差別殺戮をした張本人の発言である。
広島と長崎が選ばれたのは、軍都だったからではありません。
①直径3マイル以上の都市であり
②爆風で破壊できる地形を持ち
③空爆を実施していない都市であったからです
新潟、京都、広島、長崎、小倉が投下候補地でした。
我々、日本人はこの歴史事実をきっちり認識すべきです。
事実を歴史として教えない教育が、平和教育であるはずが無い。
まったく馬鹿げた話である。
アメリカに対して怒りがこみ上げるのは当然ですが
日本人の歴史認識、教育現場が変わらない限り、
「反米」も「平和」も日本人に語る資格は無い様に思いますね。
最近、とてもおいしい和食を食べる機会があった。
その和食は、「すごく手間がかかっている」のではなく、ぱっと見には「あまり手間がかかっていない」ように見える。
しかし、ものすごくおいしいのだ。まず、良い素材が選ばれている。そして、それを処理したり、味付けする「加減」がじつに精妙なのだ。その「加減」の選択、「それでいい」という判断は、きわめて高度なセンスのもとにおこなわれている。
料理に限らず、音楽でも、映画でも、デザインでも、なんでもそうだと思うのだが、いいものというのは「やりすぎ」がない。いいものを作れる人というのは、「何をやるべきか」をわかっている以上に、「何をすべきでないか」をわかっている。
何かをしないという判断は、決して無知なのではなく、「それをすべきでない」という知恵・センスに裏打ちされていることが多い。「それをやると、台無しになる」ことがわかっているのだ。
いいものを作れる人、いわゆる「達人」は、すべきことだけをやり、すべきでないことはしない。その高度なセンスや判断力は、「手を加える」部分という以上に、「手を加えない」部分に発揮されている。
515 名前:なごむ[sage] 投稿日:2011/10/24(月) 18:30:59.91 ID:u641OjBS0
帰宅したら、飼い猫がじっと黙ってクッションに座っていた。
いつもは玄関まで迎えに来てくれるのに、やけに大人しいなと思ったが放っておいた。
しかし、いつまで経っても動かないので、具合でも悪いんじゃないかと心配になり、
身体を見せてもらおうとしても頑として動かない。
思い切って抱き上げてみようとしても、踏ん張って素直に抱かれない。
無理矢理抱き上げたら嫌がって暴れ、猫の足がクッションに当たってクッションがずれて、
その下から首と胴がちぎれたぬいぐるみが出て来た。
それは猫のオモチャだから壊しても別に構わないのに、
猫は「うわぁぁ見つかった怒られる」という顔でションボリ。
ぬいぐるみを縫って直してやると、
いつもは咥えて振り回してぶん投げたり抱き付いて連続後ろ足蹴り入れたりするくせに、
ゴロニャンゴロニャン言いながらぬいぐるみに頬擦りして寝床に持っていって、今添い寝してる。
子猫の時からお気に入りのオモチャだし、なんだかんだで大事にしてたんだなーとなごんだ。